2009.12.20

 まひろさんが3週間近くぶりに記事を更新していた。俺なんてせっせと毎日やっているというのに、女子高生は余裕だなあ。たぶんSNSとかで忙しいんだろうな。
 それで今回のまひろさんの記事の中で、タイムリーにボニータとへっちゃらパンツの二重穿きについて書かれていたので言及したい(まひろさんはいつも割とタイムリーなことを書くものだ)。
 まず触れたいのは、「ボニータの上に穿くへっちゃらパンツはへいちゃら過ぎて、もはや『平気布』だ」という部分。これには感心した。そうなのだ、ショーツとかって基本的に布なのだ。
 「ブラジャー、ショーツ、げへへ……」と気持ちが盛り上がったあとで不意に、(あ、でもブラジャーもショーツも結局はただの布なんだよな)と気付いて虚無感に襲われることがあるけれど、でもやっぱりそのただの布は、女の子が身に着けた時点で特別なものとなり、崇拝の対象となる。そういう理屈でただの布であるはずの下着は尊ばれる。
 けれどショーツの上にボニータを穿いてさらにその上に重ねたへっちゃらパンツでは、さすがにその「女の子が身に着ける」という特別要素の効力が届かず、ただの布となってしまう。なるほど、と思う。ボニータまではぎりぎり届く。でもその向こうのへっちゃらパンツまでとなるとさすがに厳しい。だとすればそのときボニータとへっちゃらパンツの間という特殊空間には、陽子と中性子を結びつける中間子的な、そんなものが発生しているのではないかと類推される。それは普段から地球上の物質中にいくらでも漂っているものであるが、ボニータとへっちゃらパンツの間において最も高濃度で発生する。この幽玄だがたしかに存在する特殊な存在を予言したまひろさんは、第1回パーペル物理学賞受賞まちがいなしだと思う。
 さらに言えばまひろさんは「その存在」が届かないために「平気布」となってしまったへっちゃらパンツの退廃を憂い、へっちゃらパンツに「ちんこ大好き」と刺繍することで人工的に「その存在」を造り出すことに成功しているのだから恐れ入る。とんでもない天才が現れたものだ。
 あと下半身を重ね穿きし過ぎているという話の際、「しかも私には処女膜がある」みたいなことを書いていて、これにも感心した。女の子の重ね着については僕もさんざん考えてきたけれど、そこに処女膜という発想はなかった。さすがはリアル女子の視点。
 たとえばこれは上半身について語る文脈だけど、purope★papiro★cantabile(2代目)の2005年9月17日の記述では、下半身の包み隠し段階について、
下半身……『1小陰唇←2大陰唇←3陰毛←4ショーツ←5スカート』
 と書いている。自身の記述を読み返してみて3番目の「陰毛」という発想にびっくりもするのだけど、どちらにせよ処女膜という発想はここにはなかった。ちなみにここらへんの理屈はマンガでも書いた。purope★papiro★cantabile(初代)の2005年1月21日の中で「数ヶ月前に書いた」と言っているので、じゃあこれを実際に書いたのはもう5年前か。なんだか冗談じゃなく学者みたいに何年も同じ問題に取り組み続けているな、僕は。ちなみに「隠していたものが明かされる感動」についても2代目のほうで書いているので非公開じゃなくしておこう。
 それで、じゃあまひろも含めた(まひろも実は僕なので)この5年間の僕の蓄積をまとめると、このような図式ということになる。
1膣口←2処女膜←3小陰唇←4大陰唇←5陰毛←6ショーツ←7ボニータ←8へっちゃらパンツ(平気布)←9スカート
 ちょっと感動する。1行に収まらないところが5年間の歴史を物語っている。
 そして冬の処女の子がこれだとすれば、それの対極にある夏のビーチの非処女(しかもせっかくなのでパイパンとしようじゃないか)はこうである。
1膣口←2小陰唇←3大陰唇←4水着
 唖然とする。大陰唇のはずの4が、堂々と見せるためのデザインを施された水着なのだ。
 もっとも夏のビーチの非処女でなくたって、処女膜を1項目として換算する考え方は十分に価値がある。なぜなら2がなくなるのだから、7のボニータは6のショーツと同価値になり、6のショーツは5の陰毛と同価値になるのだ。一見なんの違いもない制服姿のふたりの女の子がいるとしても、処女の子のスカートは9で、非処女の子のスカートは8なのだ。8! 8て! 8のドキドキ∞(無限大)! ボフンッ! スカウターも木っ端微塵だよ。
 ちなみにまひろが購読して性知識の参考にしているらしい道産子ガールズ通信の執筆者は僕という設定。もうこの連続世界は永遠にどこにも向かわずに、反射と反射を繰り返して無限の多重世界を作り上げてゆくのかもせんね。