そんなわけでファルマンの短歌を読み返している。
現時点までにアップしているもので950首に及ぶファルマン短歌、先日これをコピーしてワードに貼りつけ、読みやすいよう体裁を整え印刷する、という作業を行なった。これにてファルマン歌集のゲラ的なものが完成だ。来年はこれを常に持ち歩き、せっせとパロディを考えてゆくつもり。本じゃなくて印刷したコピー用紙を眺めているとなんかプロっぽさが漂うが、なにを読んでいるかと言えば妻の短歌、という図式。
「パピロウさん、なにを読んでるんですか?」
「妻の短歌です」
想像しただけでゾクゾクする。
「伊坂幸太郎です」
「あっ、私も読みました。ダ・ヴィンチでも絶賛されてましたよねー」
じゃないのだ。
「妻の短歌です」
「……(うひゃあぁっ)」
これだけで来年の到来がだいぶ待ち遠しくなる。
ちなみにファルマンの短歌は読んでいて実際おもしろい。割と覚えている短歌もあって、ファルマンがそれを詠んだ当時のことなど、この5年間のことが如実に思い出される。陳腐な表現だけど、短詩というのはエキスの詰まったカプセルのようだと思った。カプセルが弾けると、中身が一瞬にして口中に広がる感じ。大学時代の短歌とか、すごく思い出の味だ。
パロディはどんな感じでやろうかと模索中だが、もしかするとパロディと言うか返歌っぽい感じになるかもしれない。どちらにしろ夫婦で閉ざしていることに変わりはない。人生、自分の創作と妻の創作物の鑑賞で足りるな。高みなど目指さず、ひたすら深みに嵌まってゆきたい。