2010.2.28

 読んでいる本に、古代ローマ人は息子が初めての射精を行なうと喜んで、国の祭日に合わせて祝った、という話があって、そう言えばそうだよなと思った。なんか女の子の初潮ばかりを祝う風潮があるけれど、男子の精通だってそれとまったく同じレベルでおめでたいことじゃないか。それなのにやけに男子のほうのだけ、祝われないどころか後ろめたいことのような感じがある。女子が紅潮で、男子が白濁で、紅白でめでたいはずじゃないか。
 もっともこれは僕が知らないだけで、前回のチンコ・チンポの話のときのように誰かに教えてもらうまでもなく、男子のそれもしっかりお祝いする地方というのは実際にあるような気がする。ワールドワイドウェブで検索することはしないけど、理屈としてあって然るべきだ。男子が精液を出せるのって間違いなくとてもおめでたいんだから。ましてや昔の村共同体とかではなおさらに。
 それと上の紅白幕を女子の経血と男子の精液に絡めたのも、ジョークのつもりで書いたけど、なんか来歴として本当にありそうな予感がする。と言うか女の紅と男の白なんて、冷静に考えればそれ以外に考えられない。もう本当に昔からの風習のほとんどは男女の性に由来すると考えて間違いないな。中学校の卒業式で体育館の壁に巻かれた紅白幕に向かって射精しても、それは決して間違いじゃなかったんだ。支配からの卒業だったんだ。これも別に検索しようとは思わないけど。
 それで、なんか脇道に逸れたけど、これはどういう話かと言えば、「だから僕も祝ってほしかった」などと言うつもりはなく、ましてや僕のような母子家庭の場合、祝う風習があったりなんかしては相当に困るので、なくてぜんぜんよかった。「赤ちゃんと僕」に、主人公のクラスメイトに精通が来て、彼の父親は船長さんとかで家に長期間おらず、相談できる人がいなくて困り、主人公の父親に相談する、という話があった。でも実はそのクラスメイトの母親は、彼がパンツを洗っているのを目撃し、そのことに気付いており、ひそかに喜んでいた、というお話。本を読んでいて、なんとなくこの話を思い出した。ちなみに僕はパンツに射精してしまい自分で洗うみたいなヘマを犯したことはないので、おそらく僕の母親は未だに僕に精通が来たことを知らないでいると思う。
 ところでファルマンは、ファルマンにそれが来て、家族でお赤飯を囲んだ夜、本当に無邪気な気持ちで父親に、「お父さんの初めてはいつだったの?」と訊ねたらしい。無邪気という言葉はこんな状況のためにあるんじゃないか、というくらいこれは最上級に無邪気なエピソードだと思う。
 そしてこのときの義父の回答がいい。
「初めてとかそういうんじゃない」
 じゃあなんなんだ。でも僕も父親になって娘にもしもそう訊ねられたら、まったく同じように答える気もする。「14歳、風呂場でだよ」とはなかなか答えられないと思う。
 えーと、なんだっけな。この話の主題はいったいなんだったんだろう。