7時頃に起き、8時頃に出発する。僕の運転。霧雨。
道はすごく順調だった。ほぼいちども渋滞に巻き込まれずに済んだ。ファルマン家の面々と違って僕はきわめて安全運転だが、それでも高速道路でシュパーッと行くと気持ちがいい。前方にノロノロ走る車があって、それが特別に遅いのでさすがに追越し車線に出て追い越したら、助手席のファルマンが「イカスじゃん」と言ったので、やっすい女だな! と思った。お前は湘南爆走族か。
山梨の祖母の所へは2時間で着けば上々だとされるが、そこより先にある法事が行なわれる寺に直行し、そのくらいの所要時間だったので、本当に道路状況は快適なものだった。
11時集合のところを10時半くらいに着く。主催者側の祖母と叔父はもう来ていた。ちなみに叔父は免許を持っていないので、家から車で30分くらいのこの寺までは、祖母の運転で来ているのだよな、とふと思った。なんか変なの。さらに言えば祖母の車は年代もののマニュアル車なのだ。お前オートマ限定でいいから免許取れよ、とさすがに思う。叔父は酒が飲めないので、冠婚葬祭のドライバー役としては適任なのになあ。
11時が近付いて、続々と参加者がやってくる。祖母のきょうだい(夫婦)と祖父のきょうだい(夫婦)。今回が祖父の二十三回忌で、前回にこの方々と会ったのは十三回忌の際だったと思うので、たぶん10年ぶり。懐かしい。みんなぜんぜん見た目が変わってなくてウケた。70歳だった人が80歳になっているはずなのだが、もうこの年齢だとほとんど変化がないのだな。こっちばかりが16歳から26歳になり、目まぐるしい変貌を提供している。お嫁さんなんか連れてきちゃってね。
そう言えば書いていなかったが、変化と言えば結婚して子どもを生んだ姉なのだが、今回はその子ども、姪が体調不良ということで参加を見合わせたのだった。1歳半の姪がいれば場が華やいだだろうに、そのせいで今回の最年少は僕になってしまった。平均年齢高いな。
ところで参加者の祖父母のきょうだいとその配偶者なのだが、これは前々からだけど、そこの区別が僕にはまるでつかないのだった。誰と誰がきょうだいで、血の繋がりがあるのかないのか、ぜんぜん判らない。たぶん初めは「お嫁さん」だった人も、半世紀も親戚付き合いしているうちに完全に同化してしまったんだろう。もう逆に全員に血の繋がりがなくて、単なる老人会の集いのような感じがある。島根県出身者が驚愕するほどのざっくばらんさなのだった。
お坊さんによるお経は、中央に祭壇を置いて、右に男性陣、左に女性陣と分かれて聴く。お焼香の段になって、男女それぞれふたりずつ出てきてやるのだが、まずこっちからは叔父と僕、あっちからは祖母と母が出て、なので僕が席に戻ってから女性陣の第2陣としてファルマンが出てきて、ファルマンは事前から「私は葬式も法事もやったことがないから、あのお焼香? のやり方とかもぜんぜん分からないんだけど……」と不安がっていて、なので僕は「横の人の真似してやればいいんだよ(ニヤニヤ)」とアドバイスしており、妻がどぎまぎしながらがんばる様子を愉しんで眺めた。たどたどしい動きで中央に出てきたファルマンは、言われたとおりに一緒に出てきたおばちゃん(たしか祖父の妹)の真似をしてやっていたが、単なるおばちゃんの癖らしい左手の動きまでをトレースしていて、阿呆でとてもおかしかった。
そんな感じでお経が終わったあとは墓参り。霧雨の中、みんなでぞろぞろと墓のほうへ。霧雨と言いつつまあまあ降っているのだが、誰も傘を差さずにずんずん行く。びっくりした。思いっきり甲州弁でズラズラ言ってるが、もしかしてみんなイギリス人なんじゃないかと思った。
墓前に立ち、祖母が線香の束に火をつけるのだが、もう何年も前からこの際の「火を怖がらなさすぎる祖母」というのがお約束のギャグのようになっている。今回もびっくりするくらい怖がってなかった。見ているこっちばかりが怖い。しかも今回は老人の密度が高いのだ。なんか簡単に誰かの髪の毛に火が燃え移る的なハプニングが起こりそうなのに、これが意外と起こらないのだよな。さすが戦争をくぐり抜けた世代は強いものだ。
墓参りのあとは少し移動し、近くの店で会食。豪華な食事だった。肉やら刺身やら蟹やら、たらふく食べる。ビールも飲んでしまう。まあどうせ飲まずにはおれないだろう、帰りは母が運転するからいいやとは思っていたが、しかしそれでもあんまりアルコールが入っていると車で気分が悪くなるのでなるべく控えめにしておこう、などと考えていたのだが、料理が豪勢で否が応でも酒が進んだのと、普通の瓶ビールを注文したあとに男性陣が「ノンアルコールのビールがいい」と言い出し、ほとんどの人がそちらに行ってしまったので、テーブルに残る瓶ビールを処理せねば、という義務感からがんばってたくさん飲んでしまった。結局こうなる。
料理は26歳の僕でも多いくらいだったので、老婆どもが喰い切れるはずもない。店の人からパックをもらい、「私たちは食べ物のない時代に育ったから食べ物を捨てないんだよ」と、別にこっちが聞いていないことを言いながらパックに詰めていた。刺身もパックに詰めながら、「これは甘辛く煮ればいいずら」「刺身は甘辛く煮ればいいずらよ」「甘辛く煮るずら」「煮るずら、甘辛く」と口々に言っていて、これもおもしろかった。老婆たちの篤い甘辛く煮る信仰。
2時半頃になってそろそろ解散。雪が降りそうとのことで、僕たち3人も早々に帰宅の途に就く。帰りも道は空いていた。酒が入った僕も、緊張して疲れたらしいファルマンも、車中で眠りに落ちた。帰りはたまプラーザの実家には戻らず、調布インターを降りてすぐ、調布駅前で降ろしてもらう。そこから新宿に出て帰った。スマートやね。
なんか単純に法事として、山梨に行かなきゃなんねんだなあ、くらいに考えていたが、行ってみたら割と愉しかった。親戚のじいさんばあさんたち、意外なまでにエンターテイメント性に富んでいて愉しい。こうして10年にいちどくらい法事で会う分にはいいな。