2009.10.14

 同僚の女の子が京都旅行から帰ってきたので、寺とか紅葉の話はろくにせず、男女混合5人旅行のことについて、生八橋をいただきながら訊ねた。
 そうしたらいきなりその子が、
「それがひとりメンバーが急に来られなくなっちゃって、4人だったんですよ」
 と言うもので、
「ああ、でも恋愛とかそういうんじゃぜんぜんないとは言っても、2対2ならやっぱりなんだかんだでバランスがいいんじゃない?」
 と答えたら、
「あ、ちがいます。女の子が来られなくなったんで、女子は私ひとりの1対3だったんです」
 と言うではないか。
 衝撃を受けた。
 男女混合5人の時点で衝撃だったのに、結果はさらにショックな1対3編成。これで男女が逆だったなら、完全に純粋理性批判の世界じゃないか。ちんこってそもそも3人用なんじゃね?
「じゃあ部屋ではひとりになっちゃったんだ?」
「あ、同じ部屋です」
「(職場ではあまり出さない声)」
「すごい声を出しましたね、いま」
「えっ、それって大丈夫なの?」
「ああ、もうそういうんじゃないんで」
 共学の人たちの「もうそういうんじゃない」のがぜんぜん理解できない。
「そうなんだ……。それで、夜はウノとかやったの?」
「やりませんよ。麻雀やりたいねみたいな話はあったんですけど盤がなくてできなくて。それで私はけっこう早々に寝ちゃって、他の3人はずっとモンハンやってました」
「そうなんだ……」
 同い年なのにどうしてこうも意識に差があるのだろう。
 懐かしい友達との京都旅行に携帯ゲーム機を持ってきてやってしまう感覚が、同学年のはずの僕にはぜんぜん解らない。もしもそんな男女混合京都旅行なんてイベントが組まれたら、今年の夏の帰省の義妹との相部屋のように、僕は本番の2ヶ月も前からさんざんそのことについてのドキドキを書き連ねることだろうと思う。そして1対3というバランスの悪さには目をつむって、サーモンゲームを提唱しさえするに違いない。
 これこそが共学の人たちと、男子校でしかも修学旅行をボイコットした者の、人生のおかずの品数の差だなと思う。飽食家のあいつらが捨てたポリバケツの中身を、四つんばいで漁る俺。この日記とはつまりそういう図式で書かれたものだと思う。あいつらが日記にもしない(もしかしたらミクシィには書いているのかしらね)その出来事を、すっかり冷たくなってしまったけど拾って僕が食べた。2009年秋の京都旅行の思い出として、僕が2009年10月14日の日記とした。