2009.9.22

 ファルマンが帰ってきたのだった。おみやげなしに。ファルマンは20日、岡山で両親と下の妹と合流した際、「今日パピロウの誕生日なんだよ」と言って心配されたという。下の妹には「なんでここにおるん?」と訊ねられたそうだ。俺もそう思う。でももうファルマンが帰ってきたので大丈夫。嬉しい。まあおみやげはなかったけども。
 ファルマンから伝え聞いた下の妹のサークルの話がおもしろかった。新歓コンパで水鉄砲を撃ち合いびしょ濡れでバーベキューしたという話は前にも書いて、それに関連する最低なぞなぞも書いたが、そのサークルでまたしてもとんでもないゲームが繰り広げられたという。その名もクッキーゲーム。これはどういうゲームかと言えば、ポッキーゲームのポッキーが、クッキーであるゲームだという。「イヤー!」と叫んだ。ポッキーゲームは、棒状のポッキーだから成立するのであって、そのポッキーがクッキーでは、たとえ「お菓子」という共通点があって、また語感が似ていたとしても、大いに問題があるだろう。だって、クッキーは長くないじゃないか。たかだか3、4cmだろう。3、4cmと言うか、これは単に長さだけの問題ではなくて、ポッキーがだいたい10cmだとすればそれは紛うことなく10cmだが、クッキーの場合の3、4cmというのは辺の長さに過ぎないのであって、それはcmじゃなくて平方cmで言い表されるべき対象だろうと思う。ラインじゃない。スクエアなのだ。スクエアじゃダメだろう。スクエアとスクエアを繋ぐのがラインなのであって、つまり唇と唇を繋ぐポッキーとして成立しているのに、そのポッキーがクッキー、すなわちスクエアになってしまったら、渡り廊下もなしにビルとビルは連結してしまって、それは要するにキスじゃないか、と思う。だからもう、クッキーゲームはゲームなんかじゃなくて、キスなのだ。キスをしたのか。下の妹はもちろんしていないと言い、信じたいが、そのサークルではそのようなことが行なわれているのか。すばらしいな。「キスしようぜ」じゃ女の子は首を縦に振らないけど、「クッキーゲームしようぜ」なら7回に2回くらいはオッケーがもらえるんじゃないかと思う。とにかくクッキーゲームという名称がいい。結果的にそれがキスのおしゃれな言い方だ、という部分が特にいいと思う。吉住渉とかが普通に描きそうだ。「ママレードボーイ」みたいなノリで。
「まあポッキーがなかったから代わりだったらしいんだけどね」
 でもそういう、しょうがなしの代替で生まれた人類の智恵って、例は特に浮かばないけどたくさんあると思う。人類だってまた、神によるしょうがなしの代替かもしれんのんだけんね……。
 あと同じくサークルの話で、夏に海に行ったそうなのだが、そのときひとりの男子が砂浜に寝そべったので、みんなで強襲し砂を被せ、身体を拘束したあと、女子も含めたそのメンバーで、彼の股間の部分に砂を高く盛って、みんなで愉快に笑ったのだそうである。まあお約束だけど、お約束だけどね、でもさ、その陰茎部分が猛々しく盛り上がっている様を見て女の子たちがはしゃぎ、あまつさえその建造に参戦し、途中で崩れたりせぬよう手のひらでその塔の形を整えさえしたのだとすれば、それはもう完璧なるマリモッコトピアじゃないか。マリモッコトピアは言い換えれば勃起ユートピアであり、ユートピアということは夢物語なのに、ここでは実現してしまっている。この実現には打ちひしがれるしかない。だって砂に埋められ股間の所だけ盛り上げられた男子を女子を含めたメンバーで笑う彼らには、宇佐木学園なんてまるで必要ないんだ。僕が一生懸命に到達しようとしているゴールに、彼らは現実世界で易々とたどり着いてしまっている。じゃあいったい宇佐木学園ってなんだろう? 宇佐木学園なんて必要あるのかな。どうなんだろう。
 悩む。でも悩むけど挫けない。俺は悩むけど挫けないのだ。
 ファルマンにそう言ったらファルマン曰く。
「彼らは、悩まず挫けて励ましてもらうそして絆が深まる、だよ」
 NAYAMAZUKUZIKETEHAGEMASHITEMORAUSOSHITEKIZUNAGAHUKAMARU!
 そんな消しゴムはんこを彫ることはこんなカス26歳にはできないよ。文字数が多いし。というわけで「NAYAMUKEDOKUZIKENAI」はんこと「MOTTAINAIDESUYONEARUIMI(S)」はんこ。
 自分のスローガンを消しゴムに彫るしあわせ。自分じゃない自分からの励まし。そんな自分自身との絆。心と体、人間の全部。猫とアヒルが力を合わせてみんなの幸せを招き猫ダック。