射精する夢を見た。
その射精がすごかったのである。どんなかと言うと、純粋理性批判の主人公の射精だ。「ずびゅっ、ぶばぱっ、どっどっ、どびゅびゅううぅぅぅっ、っぱぶ、ぶ、ぶぶぃゆふびゅぅぅっ」っていう感じの、とんでもないやつ。小便よりもはるかに激しい勢いで、どどん波みたいな光線状に白濁液が伸びていた。すっさまじい爽快感だった。
目が覚めてから確認したけど、別に夢精とかじゃなかった。どうやら僕はずいぶんとフラットな感覚でその夢を見たようだ。起きた直後もすごく冷静な気持ちでその夢の内容を反芻していた。
実際得られたのは純粋なる爽快感のみだったわけで、だとすればこれは数学者が難解な数式を解けた夢や、サッカー少年がレアルマドリード相手にボカスカとゴールを決める夢とかと、種類としては一緒なんじゃないかと思った。それが僕の場合はたまたま射精だったのだ。あの憧れの、液体が中空で筋となって、空気を切り裂く効果音(シャノマトペ)があって、コップが満杯になるくらいの量がある、放精の夢だったのだ。
そしてこれはとてもいい作用だと思う。
数学者やサッカー少年は、夢の中で一瞬だけ垣間見た頂点を、今後は具体的なイメージとして抱き、現実世界でふたたびそれが味わえるよう、さらに努力を重ねるのだろう。僕も同じだと思う。僕が現実であの射精ができるようになることはないが、なんて言うか、夢とは言えあれを体験として持っているっていうのは、これから純粋理性批判を読んでゆく上で大きなプラスになる気がするのだ。主人公の射精シーンにおいて、その勢いをまったく非現実的なことと揶揄するのではなく、<まああんな感じなんだろうな>とこれからの僕なら思える。あのすさまじい射精の感覚を、僕は獲得することに成功したのだ。勝者のイメージと言っていい。