2009.8.5

  なんと製本KUCHIBASHI DIARYが届く。早い。たった1週間じゃないか。
 喜び勇んで箱を開けたら、想像以上に感動的な出来上がりだった。
 「俺ばかりが正論を言っている」に5冊の表紙の感じを邁進する。1冊ごとのデザインは、501、502、503、504、505にそれぞれ載せた。背表紙はこんな感じ。かっこいい。そして中身はこう。
 そう、背表紙の写真からも判るように、中身は横書きなのだ。やっぱりそもそもが横書きとして書いていて、数字もアラビア数字を使っているし、ブログ名などのアルファベッドも半角英数を使っているので、縦書きだと違和感があるだろうと思って横書きにした。そう言ったら縦書きで製本したファルマンに怒られた。図書カード500円のことも含めて、本当にファルマンを踏み台にして、僕はいい形が取れたと思う。感謝。これは宝物だな。
 ファルマンは僕のこれを忌々しげにパラパラ眺めては、しきりに僕の頬をペチペチとぶってきて、「ねえ、私の読みにくいと思う? 私も教科書体なんかじゃなくてゴシック体にすればよかったかな……?」などと訊いてくる。実に病んでいる。製本した日記が読みにくいかどうかって、いったい誰にとって読みにくいっていうんだ。こんなもの、絶対に自分以外は読まないのである。ならば自分が思うようにやった結果が間違っているはずがない。もしも読むとすれば我々の子どもぐらいだろう。と言うか子どもには読ませる。死んだあとに引き出しから出てくるとかじゃなくて、普通に生前に読ませる。むしろ読み聞かせる。子どもはこの日記によって言葉を習得してゆけばよい。日記は両親が代わる代わる、自分のほうの日記を持ってくる。果たしてこどもはどっちの作風に染まるのか。なんと哀しい宿命を背負わされた子どもか。