普通の生活が戻ってきたので、製本した自分のブログを移動中に読む、というのをついに始めた。紙製のカバーと布製のカバーをダブルに掛けて、大事にvol.1から読み始めた。
vol.1なので、やっぱりけっこう照れ臭い部分がある。2年半前、23歳の自分。どうしたって若い。読書記録とか創作論とか、なかなか語る。彼は今の僕よりもはるかに真面目だ。
でも負け惜しみとかじゃなくて、その真面目さに羨望の気持ちは湧いてこない。結局それは、若くて、いろいろ確定していなくて、不安だったから、模索して、掘削して、ちょっとでも前進しようと、必死にもがいていたのだ。全身にかゆみがあって、それを掻くように、消してゆくように、がむしゃらにがんばっていたのだ。
それは必要なことだったんだろうけど、またそこに身を置きたくは決してない。今の僕にはかゆい部分がなくて、だからがんばって掻く必要がなくて、安穏と過ごせていて、すごく心地よい。
しあわせなことだと思う。
クチバシダイアリーのテーマは人間(特に俺)讃歌。
1月1日から始まるvol.1を現在5月2日まで読んでいて、貼った付箋の数は16枚。純粋理性批判以外の本でこんなに付箋を貼ったのは初めての経験だ。そう考えると結局これも、射精シーンに貼っているようなものかもしれない。
そもそも日記なんてマスターベーションなのだから。