マリモッコトピアとか完全にpuropediaを意識してオリジナルの言葉を作ろう、作ろうとして発言してるよね、みたいな小生意気なことをファルマンから言われる。なんと失礼な奴か。
最近のバラエティ番組はギャグとかをすぐに着ボイスにして配信し、そこでけっこうなお金が動いているようで、芸人たちも意識的にそういうのを生み出そうとしているのが窺えて、なんか釈然としない気持ちになるが、僕のマリモッコトピアとpuropediaの関係は、それとはぜんぜん違うと思う。だってお金が発生していない。ただリンクからpuropedia内マリモッコトピアのページに世界中で7人くらいが移動し、「ははん」となるだけの話である。僕にメリットはまるでない。でもそれでもやっているのだ。そこのところをしっかり理解してほしいと思う。
僕のこの行為はバラエティ番組のそれではなくて、新興宗教団体が独自の用語を使うことで信者の結束を高める、そっちのほうに似ていると思う。ただし宗教法人として届出をしていないし信者は存在しないため(パッピーナ募集中です)(メールフォームからのお申し込みも可能です)、図式としてはただただ教祖の自己満足で終始している。
だとすればこの行為は、金にまみれたテレビ業界はもちろんのこと、正道を求め突き進む宗教よりもさらに、純粋で尊いんじゃないかと思う。内申点のために花瓶の水を取り替えてるんじゃない。俺はただ、このきれいな花ができるだけ長生きしてほしいだけなんだよ……。