ちょっと自分の心境の変化に驚いたのだが、純粋理性批判や社会契約論で、僕はハーレムプレイに執着してきただろう。ひとりを相手にする純愛なんて糞喰らえ、ぐらいのことを言ってきた。さらには、2人も味がない、3人で及第点、4人でなかなか、5人でオッケー、6人で万歳、そんなくらいのスタンスだったろう。そういう感じの文章も前に書いた。
でも現実問題として、5人とかってつらいんじゃないか。
5人の女の子とセックスすることを現実的な問題として捉える行為にはかなりの想像力を必要とするが、がんばってそれを成し遂げてみると、やっぱりつらいと思う。だってそもそも5回も出ないじゃないですか。5人なら最低でも5回出なきゃ問題が発生してしまう。
そういう現実に気が付いて、怯み、「5人」から逃げようと僕は身を翻す。
するとそこに立っていたのは「2人」だった。
憧れの「5人」の尻ばかり追いかけ、ぜんぜん顧みることのなかった幼なじみの「2人」が、こんな情けない僕のことをじっと見つめ、そして優しく微笑んでいた。
愉しくともなんともない、どうせ一方がおしとやかでもう一方が男勝りなんでしょ? と相手にしていなかった「2人」。でも「2人」はいつでも僕のことを包み込んでくれていたじゃないか。「5人」に立ち向かって傷を負った僕の、手当てをしてくれていたのは「2人」だったじゃないか。
きれいに包帯を巻いてくれた腕を、労わるようにさする「2人」。僕は思わず我慢できなくなって、そんな「2人」を抱きしめる。ああ、「2人」だったんだ。現実的に考えれば「2人」が最高じゃないか。2回なら出るよ。体調次第だけど、そこそこの確率で2回なら出せる――。
もっとも対象は全部で「5人」で、その「5人」をいろんな組み合わせで「2人」ずつ攻略していけばいいんじゃねえか、という気もする。すごく体調がいい日に限っては「3人」でもいい。ただしそれを許してしまうと、「5人」さえも軽々と飛び越えて、「4万人」とかでもよくなると思う。