2007.7.8

 恋人とデートをする。なにデートか。交際4周年記念デートだ。
 4周年と言うとかなり長い。辻希美と杉浦太陽の付き合いよりはるかに長いだろう。
 1日たっぷり愉しむため、午前中から出掛ける。天気はもう最高とも言える薄曇り具合。降らないし、暑さで恋人が呼吸困難になることもない。たくさん歩く予定だったのでこれは本当に助かった。
 まず山手線で原宿へ行く。本当は渋谷に直接行くのでもよかったのだが、ブックオフに行きたかったので寄ったのである。しかし収穫はあまりなし。さくらももこの「富士山」とか買う。この店もまた、以前までに較べて確実にエロの比率が下がっていることだ。また手芸の本もろくにない。大型店なので期待していたのに非常に残念。
 そこから渋谷まではもちろん歩かない。これが二十代半ばというやつだ。再び原宿駅に戻り、電車に乗る。
 愛しの渋谷に着くが、しかし渋谷は乗り換え駅に過ぎない。山手線の出口からそのまま井の頭線へ移動する。そう、今日は井の頭線ツアーなのである。芸術系の大学生時代にはまるで縁のなかった下北沢を覗き、思い出の明大前を訪問し、ゴールはもちろん吉祥寺。そういう予定。
 ちなみに明大前はなにが思い出なのかと言えば、通っていた高校がこの街だった。それなので渋谷駅の井の頭線乗り場まで来ただけでもはやひどく懐かしい。田園都市線から来て毎日このエスカレーターに乗ってたんだよなあ、とかけっこうこみ上げてくるものがある。恋人との交際4周年記念デートと言うよりは、節目でもない自分の人生の思い出探しの様相を呈する。恋人はきっと同時期、熊に襲われぬよう鈴を着けて山道でも下っていたんじゃないかなと思う。
 まず降りた下北沢は、定期券内の駅だったくせに高校時代もほとんど降りたことがなかった。友人に連れられて来たことが何度かある程度。今になって来て、それなりにじっくりと街を眺めてみて、それはきっといいことだったんじゃないかなと思った。無垢な高校生時代にこの街にハマって染まっていたら、なんかそれは僕の嫌いなタイプの人になっていたんじゃないかと思う。
 再び井の頭線に乗り込み、次は明大前。あの日、一貴と伊織の気持ちが通じたことで有名な明大前だ。しかしその「I`s」にも描かれたホームの風景が割と変わっていて驚愕する。なんか駅ビルみたいのができていた。しかしそれに伴ってのものかカレー屋が移動しているほかは、見たところそれほどの変化なし。改札らへんの風景とか、なんだかんだで懐かしい。
 駅からは歩いて5分ほどなので、学校にも行ってみることに。みることに、とか言うと話の流れのようだが、もちろんまったくもって僕のわがままだ。恋人がそんなところに行きたがるはずがない。でも通学路が非常に懐かしい僕は、興奮しながら変わらぬ校舎までたどり着く。恋人にしてみればなんの感慨もない男子校を見せ付けられて、さぞ迷惑なことだろうと思う。「あの柱時計!」とか「このプレハブ!」とか僕だけが大いに盛り上がる。
 また僕が2、3年の頃のクラス担任は体育教師でサッカー部の顧問だったので、日曜だけどもしかしたらいたりしてと期待していたのだが、残念ながらサッカー部の練習はなし。ちなみに僕はもちろんその担任が大いに嫌いだったのだが、それなのになぜ会いたかったかと言えば、先日この学校のホームページを見たところ学校の方針が変わったらしく、僕がいた頃はどうしようもない阿呆な学校だったのが、特進クラスみたいなのを作り出してがんばっているようで、そんな風にして生徒の偏差値が上がってしまったら、あのバカな体育教師はそんな生徒たちとうまくやっていけるのだろうかと心配になっていたからだった。今回は会えなかったが、どうか気丈にやっていてほしいと思う。
 駅までの帰り道を歩きながら、その体育教師がホームルームで「帰り道でタバコを吸うときは、タバコを持つ手の位置にくれぐれも気をつけろよ。子どもの目の高さなんだからな」と言っていたのを思い出した。注意の内容が、当時の学校とこの教師のひどさを如実に物語っていると思う。
 駅近くのファミレスで昼食を済ませ、井の頭線に乗り込む。
 このまま吉祥寺まで行くつもりだったのだが、気が向いたのでひとつ前の井の頭公園で降りる。2時ごろになり少し陽が出てきていて木漏れ陽が気持ちいい。日曜日ののどかな自然の中を歩く。歩きながら、「なんだかまるで初めてのデートみたいだね」と語り合う。もちろん僕らの初めてのデートがこういうのだったというわけではない。
 公園ではなんか自称アーティストみたいな人たちが、演奏したり創作物を売ったりしていて驚いた。井の頭線とか中央線のエリアっていうのはすごいな。手芸とか色紙とかを売っている出店をざっと眺めて、どうも販売許可証の発行と作品のクオリティには関係がないようだと判断したので、僕もそのうちやってみようかな、などと思う。
 ちょうどいい感じの距離を歩いて公園が終わると、そこが吉祥寺だった。井の頭公園で降りたのは大正解だった。
 吉祥寺ではまず6日にオープンしたばかりのヨドバシカメラに行く。ここがとてつもない人出だった。上階にユニクロもあるのだが、そこもすごい。なんかもうえらい消費の空間だった。ヨドバシカメラではホームページを作るためのソフト(せっかく新しく作り直すので、これまで使用していたシリーズの最新版を買ったのだ)とか、反省を生かしパソコンの埃を取るためのスプレーとかを買う。
 続いて雑貨屋で皿、手芸用品の店でボタン、ブックオフで2次元ドリーム文庫、ユザワヤで消しゴム判子を作るための消しゴムなどを買う。吉祥寺に来るたびにえらく散財することだ。
 夕食をどこでするかはなんにも考えていなかったのだが、とりあえず荻窪に移動する。しかしせっかくだから美味しいものをという心積もりなのが、それに相応しそうな店がまるで見つからない。
 あまりよくない空気(お互い疲れているし荷物が重いのだ)で、しょうがなくいつも通りバスに乗って最寄の駅まで帰る。それで結果として、これまで気になっていた、まあまあ期待が持てないこともなさそうな駅前の居酒屋に入る。
 ここは正解だった。落ち着いた雰囲気で、魚もお酒も割と美味しかった。
 でも僕らはここであまりにも酔いすぎたのだった。そんなに飲んだつもりもなかったのだが、やっぱり疲れとかでやけに回ったらしい。4周年記念のデートで、もうふたりともいい大人なのに、なにやってんだよと哀しくなるくらいふたりともグデングデンになる。
 本当にもう、話にならないくらいのグデングデンさだった。
 実際どうやって家まで帰ってきたのかあんまりよく覚えていない。目を覚ましたときは部屋でそれぞれの座椅子に倒れていて、午前3時だった。それからなんとか布団を敷いて寝た。
 しかしそんなひどい状況だったのに、ホームページ作成ソフトは中身のディスクと説明書だけ残し箱を捨て、ユニクロで買った服はタグを外し、買ってきた皿は洗い桶の中にちゃんと浸っていて怖かった。
 そしてなによりも怖いのは、恋人の携帯電話が今もって行方不明だということだ。