2010.2.7

 新宗教の本を読んでいるが、それによると新宗教というのは文明開化とか世界大戦とか、人々のそれまでの価値観がひっくり返ったり生活が不安に晒されたりしたときに流行るらしい。だとすればこれからはなかなか流行らないだろうな、と思う。ネットで世界に向けて発信できるようになったことで、それまで宗教によって救済されていた精神が、宗教なしでだいぶ救われうる世の中になったんじゃないかと思う。安心となる大きなものとの対話というのが、これまでは神がその相手だったけど、今はネットによってそれが「人類全体」に変わっている気がする。言わばそれぞれの人が悩める子羊であると同時に、ちょっとずつ神なのだ。なんかこれって進んでいるようで、一方で集団でひとつの個となるアリとかハチみたいな感じもあるけど。
 だとすればツイッターというのは念仏みたいなものかもしれないと思う。あれは不安に苛まれる子羊たちの、認知という救済を求める叫びなのかもしれない。50年後、現代で言うところのピンチに陥った老婆が「ナムアミダブツ、ナムアミダブツ……」と唱える感じで、老いた僕たちがピンチになるとすぐにツイッターに書き込みをしようとするのを、なんかネットのまたその先の観念を持った若者は嗤うのかもしれないな。