昨日、「萌え」の対義語は「萎え」ではなく「憤り」、などと書いたのは、多分にタグ付け作業中の20歳の頃の自分の日記に引っ張られているな、としばらく経ってから気付いた。
そもそも萌えについて考察するところがそうだし(もう最近は萌えなんてどうだっていいはずだったじゃないか)、それに加えての「憤り」である。何を隠そうこれは20歳の自分が、「2004年に流行るギャグ」として提案した「憤り~」、そこからやって来ているに違いない。そのくらい、昨日の日記は20歳の頃の自分の日記に引っ張られていた。
私は今回の旅に、大学2年生の頃の私を連れてきてしまった。
という思ひ出ぽろぽろのフレーズを、1回目のタグ付け作業時、ちょうどおんなじ記事らへんの作業をやっていた、昨年の12月8日にも使った。繰り返しばかりの俺の世界。