2007.8.5

 3日目は活動的なのだった。
 まず朝食を終えていきなり、知事が「精米に行くぞ」と言い出す。どういう事情か知らないが(きっと田舎くさい事情なんだと思う)恋人の家には玄米が大きな袋で置いてあり、それを5キロなり10キロなり精米して食べているらしいのだ。そしてせっかく都会っ子が来たのだからその様子を見せてやろう、と知事が張り切ったのらしい。
 言うまでもないが、ぜんぜん気分が乗らない。精米とか知らない。きっと重い米の袋とか僕が持つことになるんだろうな(男性や若者に力があると思ったら大間違いなのに)、と思うと嫌で仕方ない。しかし猛烈に拒否したキャンプがこの程度になったと思えば受け入れるしかないか、と観念してしぶしぶと参加する。米を車に乗せ、3人で近所のそういう施設に。そこで全自動で精米してくれるのだそうだ。あそうー。うんー。
 精米されてゆく米を見つめながら知事に「米の香りがするだろう」と言われ、(うんー、感じるー。うんー。マジ米ー)と思った。言っとくけどあんたの娘は俺が無洗米以外の米を買おうとすると叫んで抵抗するんだぞ、と思ったが大人なので口にはしない。
 そのままおばあさんの入院している病院へお見舞いへ。僕はロビーで待つ。道路だけがやけにきれいに走る山の上のほうにその病院はあり、天気がよかったこともあって天国のようだった。「こんなところで療養してたら治らない人なんていなそうだね」と恋人に言ったら、「治らない人の病院だけど」と返されたのが印象に残っている。
 帰宅して、今日はいちおう観光に赴くことに。
 まず海を見る。前回は日御碕という岬に行ったのだが、今回は砂浜のほう。日本海なのに海水浴している人たちがたくさんいて驚いた。日本海っていつでも濁ってて荒波なのかと思っていたらそうでもない。海の種類などほとんど知らないが、割ときれいだと思った。
 僕もいちおう海水に手で触れ、なんということもなく砂浜を歩いた。歩きつつ目線ではもちろんじょっちゅとじょっこのグループなんかを探していたわけだが、そういう輩は不思議なほどおらず、ファミリーばっかりだった。残念だ。また砂浜散歩は僕も恋人も割とすぐ日差しと熱気と照り返しのまぶしさにやられ終了した。
 そのあとはなんと温泉に入る。アクティブなことだ。「いちじく温泉」というちょっと微妙な名前(ここらへんはいちじくが名産らしいよ)の温泉である。島根って実は何気に温泉どころらしいのだが、立地条件ゆえに疲れを取る結果には決してならない(帰宅で疲れるため)のが哀しいところだと思う。そして温泉は普通だった。
 次は出雲大社。これは前回も行ったが、やはり島根に来たからには出雲大社には行かなきゃいけないだろう。しかしここも日差しが強い。ヘロヘロになりながら引いたおみくじには「本年は良くも悪くもなく何事もほどほどの運気である」と書いてあった。この約半年間いろいろあったような気もするが、しかし「良くも悪くもなく何事もほどほど」と何神様か知らないがその神様に言われてしまえば、たしかにそうかもなあと思った。うむ。
 大社近くの蕎麦屋で昼食。桃鉄でおなじみの出雲そばってやつ。まあ蕎麦だった。
 そんなこんなで帰宅。夕食までのんびりしようと思っていたら、下の妹のうわさの彼氏から連絡が入り、どこかで野球していた彼を、なぜか知らないが恋人家が迎えに行き駅まで送ってあげることに(彼の母親の都合が悪くなっての依頼だったらしいが、えらい度胸であると思う)。昨日から僕は下の妹に「かずぴーの写真見せてよ」と頼んでは断られ続けていたので、これはいい機会と長女と三女とともに知事の運転する車に同乗することに。
 彼が野球をしていたグラウンドは、なんでここにグラウンドを作らないんだろうね、という土地をずいぶん走った先の山の上にあった。
 そしてここからがすごいのだが、ちょうど車が彼のもとに着いたあたりに急に雨が降り出し、しかし空は少し夕方の雰囲気をまといつつも晴れており、やや黄色がかった日差しが雨を照らして世界を金色にし始めたのである。これだけでも衝撃なのに、車に乗り込んできた17歳の野球少年の彼はどこまでもさわやかで、気さくで、はつらつと喋り、なんか別世界の人間のようなのだった。
 車中で彼は知事とともに野球の話で盛り上がり、僕はただ感動して黙っていた。口を挟むにも、野球の話がぜんぜんできなかったのだ。ただソフトバンクの和田投手の話になったとき、「それって仲根かすみの夫だよね」と得意気に言い、一同からほとんどスルーされたのみ。恋人はそんな僕を見て大爆笑していた。
 またそのとき僕は昨日ユニクロで買った「ブラックジャック」のキャラTシャツを着ており、それもまた気持ち悪い構図を作り出していたと思う。東京からやってきたアニメキャラのTシャツを着た青年(ブロガー)。でもそのあとで恋人と語り合ったのだが、「しょうがないよ、俺たち腐り芸術学部卒だもん、そしてそんな輝いてる人物を見てウジウジしてる自分たちが、なんだかんだで大好きなんだからさ」なのだ。まあ来々々世くらいで、かずぴーみたいになれたらいい。
 微妙な関係の彼との邂逅は15分ほどで終了したのだった。次に彼と会うことはあるのか、会うとしたらいつかはまるで分からない。でもいつか彼の友達グループの飲み会というのに、いちどでいいから参加してみたいなあと思った。怖いもの見たさで。
 しかしあっという間の時間だったし世界は金色だし、もしかしたら彼の存在は幻だったんじゃないかと思ったりした。田舎にはときどき出るらしいよ。「フレッシュ」っていう名前のそういう妖怪。
 夕食は家の近所のすし屋に7人で行く。うまかった。
 帰宅してから、以前製作したもので持ってきていたヒット君人形(ピンクと黄色)を妹たちに見せる。本当は新しく型紙を小さくしたヒット君がこれまでのものに較べどれほど小さくなったかの比較写真を撮るために持っておいたのだが、作れなかったのでいっそそっちをあげちゃえ、と思ったのだ。これが(悪く言われるはずもないだろうが)好評で、調子に乗って創作意欲がむくむくと湧いてくる。そこで急遽1体作ることに。下の妹にフェルトの希望の色を選ばせ、夜から作り始める。
 長女と次女がふたりでスーパーファミコンをしているのを眺めながら、三女へ贈るための人形を縫う俺。再び漢詩に詠めそうな情景だと思う。
 途中で恋人の眠気がピークになりお開きになる。そんな感じで夜が更けた。