2007.8.3

 労働を終えて恋人と合流し、夕方に新幹線に乗り込む。
 空腹だったので席に着いて早々にお弁当を広げ、ビールを飲む。しかし気付いてみれば新幹線は東京の次にすぐ品川に停まるのであり、そこまではぜんぜん山手線のエリア内なのだった。ここで旅気分が盛り上がりお弁当を食べられるのならば、僕にお弁当を食べられない区間なんて存在しないということになると思う。
 新横浜を過ぎ、暮れなずむ神奈川県や静岡県を眺め退屈する。
 いざ乗ってみると新幹線で手芸をやる気持ちにはなかなかならなかったのだった。これは教訓である。普通の人ではなかなか気付けないだろう尊い発見だ。
 とは言えすっかり手芸をやる気持ちだったため、実は碌な本を持っていなかった。そのため困った。ビールを飲んで振動で攪拌されたため思考力はないのだが、かと言って寝過ごせば福岡に着いてしまうかもしれない状況にあって寝られるほど度胸もない(隣の席に恋人はいるが、彼女によってもたらされる安心感などは存在しない)。おまけに窓の外はもう暗くてつまらない。
 しょうがなく、茫洋と無為に過ごした。まったく旅ベタである。
 岡山に到着してからは「特急やくも」に乗り換え。これが揺れるし座席は座り心地悪いしでなんとも悪名高い列車なのだが、幸いなことに同じ車両の乗客に恵まれ難を逃れた。
 いたのは試合だったらしい部活少女たちのグループと、島根観光に来たらしい真面目そうな白人グループで、僕と恋人は紙に落書きをしながらずっとその2グループの話を盗み聞いていた。
 ちなみに聞くところによると前者グループにおいては、「まゆ」は「そうた」のことが好きらしいのだが、「そうた」は「ゆり」のことが好きで、そして「ゆり」は「なつめ」のことが気になるのだそうだ。複雑である。また彼女らの話の端々には文脈とは明らかに関係のないキーワードが挟まれ、はじめのうちは不思議に思っていたのだが、途中で(もしかするとこれは「女の子すらんぐ」なのではないか?)と思い至った。出てきた用語は3つで、「アイス」と「森の熊さん」と「ブブカ」。どれも割とイメージを膨らませやすい隠語であると思う。
 彼女らが途中駅で降りてしまったあとは、喋るのは後者の白人グループだけになってしまい、岡山から鳥取を経由して島根へと至る列車はさながらニューヨークの地下鉄にようになった。加えて窓の外にはほとんどの場面で光がなく漆黒の闇に包まれていたので、途中でにわかにコンビニを見つけ(ああこれってトンネルじゃなかったんだ……)と気付くような感じで、本当に地下鉄の様相を呈していたのだった。出雲に向かっているはずなのに、僕はそのとき確かにニューヨークの地下鉄に乗っていたのだ。旅先の不思議体験。
 出雲市駅に到着したのは零時半過ぎ。恋人の母親が迎えに来てくれようとしていたらしいが、お断りしてタクシーに乗る。
 そうしてようやく到着した2年ぶりの恋人の実家。ただし寝静まっている。起きていてくれた上のほうの妹(寝間着)が鍵を開けてくれて入室。玄関には相変わらず鹿の首がにょっきりと生えていた。
 移動と到着の影響で、変にテンションが上がり疲労感はなかったが、疲れていないはずはない。交代でシャワーだけ浴び、すぐに眠りに就いた。