2009.8.27

 今日ふとした瞬間、設定を変えていない職場のエアコンが少し涼しすぎに感じられて、しかし外に出てみたら割と陽射しがジリッと来て、顔を一瞬しかめたものの、しかし落ち着いて受け止めてみると、それはどう考えてみても夏のピークのより弱々しくて、やっぱり夏の終わりを痛感した、そんな瞬間に唐突に強い気持ちで思った。
 俺はもっとちんこのこととかを考えなければダメだ。
 女の子がちんこを欲しがることについて、もっと真面目に考えないと、世界は輪郭を失って茫洋としてしまう。世界を形作ってゆくために、僕は女の子とちんこのことを熱心に考えるべきだ。夏が終わったとか理由にならない。たしかに薄着の女の子はいいだろう、水着の女の子はいいだろう。でもこれから寒くなってどれほど女の子たちのパピロー率が下がったとしても、決して忘れてはならないのは、冬でも女の子はちんこが好きだし、厚着の服も脱げば下着だ、ということだ。服なんて目くらましに過ぎない。裸の女の子はいつだってそこにいるんだ。カーディガンだってブレザーだってピーコートだって、さらに言えばババシャツだって、僕には自由に脱がせるはずだ。そうだろう? これまで純粋理性批判で、僕は何百人もの女の子を抱いてきたじゃないか。そしてその中には、決して脱ぎそうもない子もいたじゃないか。でもその子たちも結局は脱いで、結局はちんこが好きだったじゃない。100%の確率だったじゃない。つまり抱けない女の子なんていないんだ。抱けない季節もないんだ。夏休みだからスクールガールが街に少ない? 錯覚だよ。いるじゃないか。いると思ったら女の子はそこにいるんだ。いない女の子はいないんだ。僕はその子たちがどれほどちんこが好きか、なぜ好きか、特にどういう部分で好きか、残念なことにその子たちはインタビューには答えてくれないから、悟っていってあげたい。あなたを苦しめるすべてのことから悟ってあげたい。ソーユードントハフトゥウォーリ。俺にしか見えないけどたしかにそこにいる女の子のちんこ好き具合を悟って、今後もここに書き記してゆきたい。
 夏の終わりにこそ声高に叫びたい。「芝生!」そして「マリモッコトピア!」