ポニョはハムが好物、という設定を知り、深く感じ入るところがあった。
ポニョは5歳児なのだそうだが、5歳児というのはたしかにハムが好きそうであると思う。「ハムだー!」と言ってテンションが上がってしまう感じが、たしかに5歳児にはある。
つまり「ハム好き」というのは、5歳児を形成する要素のひとつなのだ。
それは「パパとお風呂」が中学1年生の要素のひとつであるように。「おもらし」が中学3年生の要素のひとつであるように。「跳び箱」が高校2年生の要素のひとつであるように。
要するに5歳児がハムでテンションを上げるというのは、幼女好きの駿による、ある種の学年題的なものなのではないか、と思い至った。
そしてそれを足掛かりにして、僕はこれまで身近にあったのに不思議と気が付かなかった、エアポケット的な真理に到達した。
学年題は、萌え要素である。
萌え要素という言葉を、ここでは「萌え」の定義などのややこしい問題を抜きにして、単純に「ポイント」ぐらいの意味合いで使うわけだが、「5歳児のポニョの好物はハム」というのは、イコール学年題であり、イコール萌え要素だ。よって学年題イコール萌え要素という式も当然成り立つ。
だとすれば、である。
そもそも学年題という発想はどこから来ているかと言えば、言うまでもなく季題から来ているわけである。春における桜、夏における入道雲、それの女学生バージョンが学年題ということだろう。ならば結局のところ季題もまた、季節の萌え要素だ、ということにならないか。