2007.5.10

 僕はこれまでアニマル柄、その中でもヒョウ柄というものにまったくいい印象を持っていなかったのだが、今日池袋で見かけたひとりの女子高生によりにわかにそのイメージが変容した。
 その子は紺色のプリーツスカートに白いシャツ、ベージュの薄手のセーターに黒髪とごく普通の女子高生で、スカートがえらく短いとかセーターが長いとかそんなこともなかったのだが、ただしリュックが全面ヒョウ柄のものだったのだ。そしてそれがなんかやけにかわいかった。
 ヒョウ柄=ケバくて悪趣味、みたいなイメージがあったけど、と言うかそんなイメージがあるからこそだろうか、平凡な女子高生がしかし一点にその柄を身に着けていると、ギャップがあってやけにいいのだ。清廉な世界に落とされた汚点。汚点とはすなわち清潔な少女を眺める、不潔な僕自身であると言えるだろう。「白露のをとめの柔肌散りにけり」そして白露が精液のメタファーであるように、汚点とは少女を中心に世界を考えた時、僕という存在の唯一の立脚点なのだ。つまりあの女子高生はなにを背負っていたか。僕を背負っていたのである。